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英雄クロニクル(AUC)での事をつらつら綴るだけの場所
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秋空と約束の証

郁の装備品「巳梅仕込ヘアピン」にまつわる話。
父と子の、語らいと約束。
遠い日の記憶
秋の、夕暮れ

~作業時BGM~
Chronicle 2nd/Sound Horizon
ローリングガール/初音ミク wowaka

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戦場を駆け抜け、手にした刀で敵をを薙ぎ払う一人の少女――赤池 郁。
 その郁の一束に纏められた髪が戦場に吹く一陣の風に舞い、前髪を留める髪留めが紅くきらりと光った。
 梅の花のように身をくねらせた蛇を模した金色のその髪飾りへ手をやり、一撫でしてから、郁は再び敵陣へと駆け出す。

 父との約束。父との絆。父との証。

 この髪留めが郁へと託されたその日も、今日のように秋の空が高く、清清しい秋風が吹く夕暮れだった。
 物語は、郁が7歳を迎えた日まで遡る……。

「おとーさぁんっ!」

「ふふ、どうしたんだい郁。そんなに走ったら転んでしまうよ」

 屋敷の庭で空を眺めていた郁の父、紫香(しこう)が嬉しそうな笑顔を浮かべて駆け寄ってくる幼い郁へ微笑みかけ、しゃがんでその両手を広げる。
 父がそうしてくれることをわかっていたかのように、郁はそのままの勢いで彼の胸へと飛び込み、嬉しそうにぎゅっと小さな手でしがみついた。

「えへへー、郁ねー明日で7さいになるよ!」

「ふふふ、そうだね郁。明日は目一杯小さいお姫様のお祝いをしなきゃなぁ~」

「きゃ~~~♪」

 嬉しそうな顔でしがみつく郁を優しく抱き上げ、肩車をしながら紫香が微笑む。
 肩車をされた郁は、紫香の頭にぎゅっとしがみついたまま歓喜の声をあげてきゃっきゃとはしゃいだ。

「あのねーあのねー郁ねー誕生日プレゼントはおとーさんのお仕事で作ってるかわいい髪飾りがねーほしいのー」

「ははは、そうだなー。もう何回それ言われたかなぁ?小さいお姫様に似合うのを用意させていただきますよー」

「ほんと?やったーーー!早くあしたにならないかなぁー!」

 肩車のまま庭をゆっくりと廻り、親子の会話が繰り広げられていく。
 その様子を微笑ましそうに見守っていた女性の影がゆらりと動き、ゆっくりとした動作で二人のいる中庭へと降り立った。
 紫香の妻であり、郁の母であり、赤池家当主でもある赤池 静彗(しずえ)その人である。

「郁、お父さんはまだお仕事があります故、こっちにおいでなさい」

「えーっ郁まだおとーさんと一緒にいたいのにぃー」

「明日目一杯一緒にお祝いして遊ぼう?郁も修行の途中だろう?ほら、行っておいで」

「……はぁーい」

 優しく微笑みながら肩に乗せていた郁を中庭へとおろし、紫香が郁の頭を二、三度ぽんぽんと撫でる。
 不承不承ながらも小さく頷き、郁は小走りで静彗の傍へと駆けていく。
 最後にもう一度紫香を振り返って小さく手を振った。

「修行、頑張るんだぞー」

 静彗と手を繋ぎ、道場の方へと消えていく小さな背中が見えなくなるまで見送り、紫香も手を振り返す。
 そうして二人の影が完全に見えなくなってから、彼は自分の工房へと歩を進めた。

 赤池の屋敷の離れとなる場所に位置する工房はさして広くはなく、中には様々な道具や宝飾品の類が所狭しと押し込められるように桐箱に入れられて仕舞われている。
 そんな工房の端に置かれた作業机の上には、金色に輝く髪留めが異様なほど美しく輝いていた。
 飾り細工職人として、宝飾品や装飾品を手掛ける紫香が同時に持つ裏の仕事の力――人工的に呪力や妖力、神力などを込めた法具や呪具を作り上げるという、その力の全てをかけて作成している郁の為の誕生日プレゼントである。

「あと少し……あと少しだ」

 あの子にこれをプレゼントしたらどんな顔で笑うだろう。
 この髪留めを使いこなせるようになる時、あの子はどんな女性に育っているだろう。
 素敵な女性になっているだろうか。
 強い女性になっているだろうか。
 そんな思いを、そんな願いを、一挙一動に込め紫香は小さく口許に笑みを浮かべる。
 梅の花の様を呈した蛇の髪留めのその身を綺麗に磨き上げ、さらに紫香は微笑みを深くした。

「……あとはここに……これを入れ込むだけ……」

 作業机の上に置かれた小さな桐箱を手に取り、その紐をするりと解く。
 そうすると、和紙に包まれた中にとても小さな紅い宝玉が姿を見せた。
 紫香の持つ力――上述したように、人工的に宝飾品等に呪力や妖力を詰めることが出来るその力を駆使し、赤池家と懇意にしている蛇神の力をほんのひと欠片詰めさせてもらった宝玉である。

「蛇神様に頂いた力は、蛇を模した物にこそ強く発揮される……。あとは核となるこれを……」

 真剣な面持ちで宝玉を手に取り、蛇の花の窪みへとそれをはめ入れる。
 紅い目を宿した蛇の花が一瞬赤くきらりと煌き、力のあるものには見て取れるほどの神力を纏ってその身を金色へ輝かせた。

「…………完成、した……」

 安堵ともとれる表情を浮かべた紫香がぐったりと後ろ手をつき、天井を仰ぐ。
 達成感と充実感を伴う心地よい疲労をその身に感じ、自然と顔は綻んでいた。

「……あの子の……郁の為の……」

「ご苦労であったな、紫香」

 紫香が目を閉じ、疲労感に身を任せたその時、地を揺るがすような低い声が轟いた。
 途端に目を見開き、紫香が辺りを見回す。
 しかし、声の主の姿はおろか、妖力の一つも見つからない。

「……誰だ!!?」

「……ククク、お前が一番よく知っているもの。お前が一番身近に感じているもの……ククッ」

 さも面白いと言わんばかりに声の主が笑い声を上げる。
 懐に忍ばせた小刀へと手を伸ばしながら、紫香は辺りをさらに見回した。

「……私の一番よく知っている……もの、だと……?」

「そうだとも……。この時を待っていた……。お前から、この工房から、蛇神の力が消えるのを……。蛇神の力はその小さき器に収まり、今は眠りについておる……。もう、お前を護るものは何もない……クククッ」

 謎の低い声にどす黒い悪意が満ち溢れ、厭らしい笑みと共に歓喜の声をあげている。
 懐の小刀を取り出しながら、紫香は明らかに焦った表情を浮かべた。
 これだけの悪意に満ちた声ながら、その主の正体が未だに掴めないで居るのも勿論だが、この森の巫女屋敷たる赤池家は当主静彗の符術により、並大抵の妖魔は立ち入ることの出来ない結界が張られている。
その結界の真っ只中であり、尚且つ当主の静彗や次期当主の郁と比べて戦闘能力のかなり落ちる紫香の活動範囲は更に強固な結界が多重に張られている場所でもある。
 そんな工房の中に明らかな悪意を持った異形の「何か」が存在するなど、緊急事態以外の何ものでもないからだ。

「…………我はお前自身だ……紫香よ」

 どう応対すべきか紫香が逡巡していたその刹那の空白に、声の主が慈しみさえ孕んだ声で紫香の耳のごく近くで囁いた。
 紫香の目が驚愕に見開かれる。

「私……?私自身……だと?何を馬鹿な」

「お前が今まで数多く手掛けてきた物……呪いの力……妖の力……荒魂の力……。そしてそれを器に込めるお前の、心。……それが凝り固まって出来たのが我……。相当深かったのであろう……お前の業は」

 声が耳元でそう囁いた刹那、紫香の胸にチリッと小さな痛みが走った。

「…………ッ!?」

 胸を針で突いたかのようなチリチリとした痛みはそこから鋭く深く紫香の身体を蝕むようにぶわりと広がり、紫香の身体の自由を奪った。
 どす黒い淀みともとれるようなぶわぶわとした何かが、紫香の胸からぶわりと溢れる。
 それが紫香の背負う業だと気づいた時にはもう遅かった。
 ぶわぶわとした黒い影が徐々に足元へ、頭上へと広がっていきゆっくりと紫香を飲み込んでいく。

「……や、め……ろっ……」

 首元まで迫ってきた黒い影に小さく抵抗の声をあげるが、もう紫香の力ではどうすることも出来なかった。
 チリチリとしていた痛みは最早激痛に変わり果て、意識を繋ぎ止めるのも精一杯となった紫香の瞳が、ゆっくりと光を失っていく。

「…………我に身を委ねよ……」

 もう目元まで黒い影に飲み込まれ、ゆっくりと意識が白んでいくのをぼんやりと感じながらそっと目を閉じた紫香が最後に聞いたのは、とても穏やかな業の囁きだった。

「……………かお、る……」

 そうして、紫香の身体は全て黒い影に飲み込まれていった。


 次の日の昼下がり。
 道場から中庭へ向かう大小二つの人影があった。
 当主静彗とその愛娘の郁である。
 静彗と手を繋ぎながら空を見上げ、郁が口を開く。

「おとーさん昨日は結局工房から出てこなかったねー」

「そうですね……。きっと更なる作品に取り掛かっているのでしょう。郁が生まれてくる前は同じ家に住みながら一週間も顔を合わせなかったこともありますし、今回はまだましですよ」

「一週間も!?ほえー……」

 静彗が懐かしそうにくすくすと笑い、初めて聞いたその事実に郁が目をぱちくりとさせて驚く。

「でも今日は郁の誕生日だからおしごとやめてお祝いしてくれるよねっ」

「ええ、きっと……」

 笑顔で静彗に向かって首を傾げる郁に、静彗も優しく微笑んで小さく頷いた。

「ふふふ、やったー!あっおかーさん、おとーさんがもういるよ!」

 秋の風が吹き通る中庭までの小路を歩き抜けた郁が、中庭に立つ人影に気づき嬉しそうに静彗を見上げる。
 静彗が小さく頷いたのを見届けてから、繋いでいた手をするりと解き、中庭の人影へと駆けていく。

「おとーーーさーーーん!」

「…………………………」

「……っ……?」

 駆け寄る郁に気づいた紫香がゆっくりと頭を上げ、緩慢な動作で首だけで郁の方へ振り返った。
 その姿を見て、郁は驚いたように歩を止め紫香を見上げる。
 その顔には先ほどまでの笑顔はなく、少し戸惑っているように見えた。

「どうしたんだい?郁……ほら、こっちにおいで?お父さんとお祝いをしよう……」

「……おとー、さん?」

「……そうだよ?さぁ、郁こっちへおいで……」

 いつもと同じように微笑む紫香。
 しかし、郁はいやいやと首を横に振り、近づいてきた紫香を拒むように一歩後ずさった。

「おとーさん……どうして、今日はそんなに黒いの……?」

「……うん?どういうことだい……?」

「だって…………」

 一歩、また一歩と笑顔を浮かべたまま近づいてくる紫香に首を振り続け、郁が眉尻を下げて言い淀む。
 まだ幼い郁の語彙では上手く説明出来ないのか、数度瞬きをしてから意を決したように口を開いた。

「いつものおとーさんは、もっと白くて、キラキラしてた……。今のおとーさんは……黒くて……もやもやしてる。き、が、違う……」

「…………そうか……」

 郁が何とか説明しきった刹那、すうっと能面のように紫香の顔から笑顔が消え、郁へ向けられる目が冷え切る。
 その凍てつくような視線を受け、郁の顔が怯えた表情を浮かべた。

「……なるほど。お前は、その年にして『気』をしっかり感じ取ることが出来るのだな。それは誤算であった」

「あわよくばお前を騙したまま、その力を奪ってやろうかと思ったが」

「そうは問屋が卸さないだな……」

 一言発する毎に一歩また一歩と郁へと歩を進ませ、冷たい口調で言い放つ紫香。
 その手にはいつしか小刀が握られていた。
 その切っ先を郁に向け、殺気を孕んだ目で郁を見据えたまま、無造作にその小刀を郁へと振り下ろす。

「やぁっ!!?」

「郁!!!」

 無慈悲に迫る刃を見つめたまま、郁が小さく悲鳴をあげるの同時に、走りこんできた静彗が郁の名を叫ぶ。
 そして懐から取り出した呪符を郁と紫香の前へ投げ飛ばした。
 刹那、呪符が眩く光り、光の障壁が郁を守る盾となり紫香の一撃をキンという高い金属音と共に弾き返す。
 チッと小さく舌を打ち、紫香が半歩後ろへ下がった。

「静彗……赤池家当主……小癪な……」

 忌々しげに呟き、駆け寄ってきた静彗を紫香が睨みつける。
 懐から数枚の呪符を取り出しながら、静彗は淡々とした表情で紫香を見上げた。

「……遂に、飲み込まれてしまったのですね、紫香……」

「応とも……我は最早紫香であって紫香では在らぬ」

「……残念です。貴方なら乗り越えられるやもしれぬと思っておりましたが……」

「強すぎる力は破滅を誘う。それは当主、お前が一番よくわかっておろう……郁のことも、だな……」

「………………」

 誘うような物言いの紫香のその言の葉を受け、静彗がほんの刹那その目を僅かに細める。
 紫香の謂わんとしていることを理解し、口を真一文字に縛って郁と紫香の間に立ち塞がった。

「……我を殺すか?お前なら容易いであろうな。しかし……」

 くくっと喉で押し殺した笑い声を放ちながら、懐から一丁の銃を取り出し、対峙する静彗へとその銃口を向ける。
 静かにそれを見据えたまま、静彗は呪符を構え、口を開いた。

「……ただの銃だとは思いませんが、それでも……そんな飛び道具では私は殺せません」

「で、あろうな。……ふっ」

 にやりと不気味な笑みを紫香が浮かべ、次の瞬間引き金を引いて鉛色の弾を銃口から射出させた。
 構えていた呪符をその弾に投げつけ、静彗が小さく呪を唱えると、その呪符が先程と同じように光の障壁となって銃弾を受け止める。
 強い力で障壁に被弾した銃弾は、爆発音を上げてその小さな身を爆ぜさせた。

「……だが……捕えることは、できる」

 紫香が空いている手の指を立て、くいっと自分の方へ招く動作をすると、銃弾が爆ぜたあたりから無数の黒い茨が湧き上がり、それが幾重にも重なって静彗の腕や足、果てには首筋にも巻きつき、動きを封じる。

「く……、これは……影縛りの、術を施した呪具……!」

 ぎりりと身に食い込む茨を憎憎しげに見つめ、静彗が呟く。
 紫香は邪悪な笑みを口許に浮かべて応、と一つ頷いた。

「そうとも。紫香が作り上げた呪具の一つであったな。弾は一発しかなかった故、成功するか賭けではあったが……なるほど、赤池当主を捕えるほどの力をこれは秘めていたらしい」

 用無しとなった銃をごとりと地へ捨て、笑みを浮かべたまま再び小刀を取り出し、言葉を発しながらぐるりとその首を横に巡らせて、立ち竦む郁へと視線を送った。

「……待たせたな小さき次期当主。さぁ、始めようか」

 寒気を覚えるほどの笑みを湛え、怖気が走るような殺気を身に纏い、紫香が小刀を構える。
 それを、郁は唯呆然と見上げているだけ。
 ギリギリと腕を締め上げられ、その肌を破かれて血を滴らせた静彗が、怒気を孕んだ声で郁に叫んだ。

「戦いなさい、郁!これはもう、お父さんではありません!」

「……っ、でも……でも……っ」

 静彗の叫び声を聞いてビクンとその身を震わせ、郁が拒否するように首を横に振る。

「戦わなければいけないのです。今は、貴女しか戦えません……っ!」

「やだ……だって、おとーさん……戦えない……」

「……、っ……タマちゃん、おいでなさい!」

 いやいやと首を横に振る郁を見据えたまま、静彗が空へ向かって声を荒げる。
 ふわりと淡い光と共に顕現した人魂が、おろおろと郁と静彗を交互に見やってから、静彗の傍へと飛んでいった。

「っ……郁。今だけ、私がかけた封印を一時的に解きます。タマちゃんを使って、氷雨を呼びなさい。いいですね!?」

 そう郁に叫んだ静彗が、捉えられた指先を僅かに動かし、滴る血で印を結ぶ。
 解呪、と小さく呟き血が一滴地へと落ちた刹那、郁と人魂がふわりと光った。

「……タマちゃん、呪符を……!」

 封印が解けたのを確認し、静彗が人魂へと叫ぶ。
 命じられた人魂が静彗の懐にその頭を滑り込ませ、一枚の呪符を口に咥えて取り出した。
 それに向かって静彗が再び呪を唱える。
 呪を受けた呪符に赤い文字が刻まれ、静彗の最後の一声でそれが弾け飛び、赤く光る障壁となり、紫香を取り囲んだ。

「……血の結界か。こんなもので、我をどうにかできると思っておるのか」

 ふんと鼻を鳴らし、紫香が小刀の切っ先を赤い結界へと突きたてる。
 ぎりぎりと小さな音を立て、細かに揺れる結界はまだ壊れる様子はない。だが、時間の問題だろう。
 紫香を睨みつけ、静彗が人魂へ行きなさいと小さく命じ、郁の傍へと飛んでいくのを見届けてから、郁に向かって声を上げた。

「郁、よくお聞きなさい。今すぐタマちゃんを使って、氷雨を呼びなさい。今は、本身を取りにいく時間などありません」

「……っでも、でも……」

 人魂と静彗を交互に見やり、郁が目に涙を滲ませて首を横に振る。
 おろおろと見守る人魂とは対照的に、静彗は静かであるが、拒否を許さない声音で更に郁へ語りかけた。

「……戦いなさい。それが、お父さんの為でもあります。貴女が戦わないと、お父さんはそのまま、『妖魔』になります」

「…………!?」

 静彗の声に、郁が目を瞠って驚く。
 それでも、静彗は続けた。

「……人在らざるモノに、生きながらに変わり果てることになるのです。そうなれば、お父さんは皆から『化け物』と呼ばれ石を放たれ、そして討伐されるでしょう。人としての輪廻にも乗れず、妖魔として生まれ変わり、未来永劫妖魔として殺され続ける輪に閉じ込められるでしょう」

「おとーさんが、妖魔、に…………」

「けれども、貴女が今氷雨を手に取り、お父さんを斬るのであれば、お父さんは人として死ねます」

「…………死……」

 静彗が語るその間にも赤い結界は嫌な音を立て、紫香の小刀を受け止める。
 みしみしと今にも罅が入りそうな音を立てるそれを一瞥し、静彗は続けた。

「お父さんの中に宿った悪鬼を貴女が斬れば、お父さんは人として死ね……人の輪廻に乗れます」

「……でもっ……!」

「……貴女が斬れないのなら、私が殺します」

「っ!!!」

 淡々と、感情など無いかのように。
 誘うように歌うように。
 静彗が郁へと言葉を投げかける。

「私は氷雨を使えません。其れに私は認められていません。私が紫香を殺すということは、人として死なせてあげられないということです。先の通り、紫香は死して尚、妖魔として蘇り、二度殺されることになるでしょう」

「……おとーさんが妖魔……やだ……っ」

「ならば」

 そこで一旦言葉を切り、郁をしっかりと見据え、静彗が口を開く。

「戦いなさい!!」

 そう叫ぶのと同時に、硬質な音を立てて赤い結界が打ち破られた。
 紫香が郁へと邪悪な笑みを浮かべ、一気にその間合いを詰める。

「お喋りはおしまいだ、幼き次期当主」

「…………っ!」

 走りこみ、郁へと迫りながら紫香が更に邪悪な笑みを顔一杯に広げる。
 目に涙を溜めていた郁は、巫女服の袖でそれをぐいっと拭い、タンッと地面を蹴って後方へ身を退いた。
 突き出された一突きをかわされ、紫香はチッと小さく舌を打つ。

「……戦うというのか?その幼き身で我と……。父を殺すと……?」

「…………っ」

 にやりと笑いながら再び小刀を構える紫香を見上げ、郁はきゅっと唇を噛んだ。
 しかし、その目はもう泣いていない。決意を湛え、静かに紫香を見据えている。

「おとーさんとは、戦いたくない……、やだよ。でも、おとーさんが妖魔に、なるのは……もっとやだ。だから……」

 パンと両手を合わせ、拍手を打って郁は呟く。戦う、と。
 拍手の音に呼応して人魂がふわりと光り、姿を霧散させて郁のその小さな手に、日本刀を一振り具現させた。

「……赤池 郁……参る……!!」

 恐怖と不安は胸の内に押し込め、郁が日本刀――氷雨をすらりと抜刀する。
 小さなその身には有り余る一振りを軽々と持ち上げて構え、紫香を睨みつけた。

「ふは。ふははははははは!!面白い。幼いとはいえ流石は次期当主!それでこそ!!」

 実に楽しげに声を上げて笑い、紫香が地を蹴って郁へと再び間合いをつめる。
 郁の目前でダンと地面に足を突いてぐるりと身を捻り、小刀を横に薙ぎ払った。
 その一閃たる一撃を構えた氷雨で受け止めて流し、その勢いのままタンッと地面を蹴って再び間合いを取る。

「そんな大きな神刀を易々と振り回すほどに扱いに長けるか!なるほど、流石は我が娘!」

「……っおとーさんは、おまえじゃない……!」

 耳に障る笑い声を上げ、紫香が二撃、三撃と突きを繰り返し、郁への賛辞を叫ぶ。
 娘と呼ばれ、思わず眉尻を下げながらも、追撃を全て受け止めて郁が紫香に肉薄した。
 ギギッと金属のこすれる嫌な音が辺りに響く。

「で、あろうな」

 小刀に力を込め、紫香がにやりと笑ってずずいと郁へと顔を寄せる。

「その幼さで刀を振るう身体能力は流石と褒めておこう。だが……」

 肉薄したまま、紫香を睨みつける郁へ、再び賛辞を述べる。
 その次の瞬間、鈍い打撃音と共に郁の体が後方へと吹き飛んだ。

「ぐっぶ……!ぅえっ、ゴホッ!!ゲホッ!!」

 腹を膝で突き上げるように蹴り飛ばされた郁が胃の内容物を吐瀉し、地へ腕をついて目に涙を滲ませる。

「刀を振るえる力は流石であるが……所詮は童女、一撃がやはり浅いの」

 蹴り上げたままの姿勢で下卑た笑みを浮かべた紫香が、小首を傾げ小刀を構えなおす。
 脂汗をかきながら何とか身を起こし、郁は涙の滲んだ目を紫香へと向けた。
 明らかな体格差はそのままお互いの実力差となり、いくら毎日血の滲む努力をして修行を積んだ郁とて、大人の体躯を持ちある程度武術を嗜んだ紫香には純粋な力では太刀打ちできるわけもなく。

「……さぁ、実力の差はわかったろう。大人しくその心の臓を我に差し出すのだ」

「……いや、だ……っ、わたしはっ……まだ、あきらめない……!」

「ふぅむ……、打ちひしがれることなくまだ立ち向かうか。ならば、こちらから終わりにさせてもらおうかッ」

 呟いたと同時に紫香が地を蹴って駆け出し、殺気を纏った小刀の切っ先を郁の胸元目掛けて一気に突き出した。

「郁ッッ!!!」

 遠くで静彗が叫び、動かぬ腕を動かそうと大きくもがく。
 静彗に名を叫ばれた郁は、迫る切っ先を真っ直ぐ見据え、ぎゅっと拳を握り締めた。

「ッ……氷雨!!」

 まさに切っ先が自身へと突き刺さるその刹那に、郁が刀神の名を叫ぶ。
 その声に呼応するように、郁の胸元へ氷が広がり、小刀を受け止めた。

「……っぐ……っ!」

「小癪な……!!」

 受け止め切れなかった切っ先が胸元の服と皮膚を破り、突き刺さる。
 胸元をじわりと紅く染めながら、郁は苦しげに声を漏らした。

「っ…………おとー、さん……っ」

 厚い氷を突き破った小刀は捕らえられたようにびくともせず、紫香は憎憎しげに郁を見下ろして叫んだ。
 痛みに顔を歪めながらも、その隙に郁が氷雨を構えて紫香を呼ぶ。

「……だいすき…………、っ!!」

「ぐが……っ!!!」

 瞬きの間、泣きそうな笑顔を浮かべ、きゅっと唇を噛み締めて。
 構えた氷雨で薙ぎ払うように、郁が紫香を斬り捨てる。
 花が散るかのように血を散らせ、断末魔の声をあげた紫香がそのまま地へと伏した。

「…………っ、う……ぐ……っぁ、」

 痛む胸を押さえ、郁がその目からぼろぼろと涙をこぼして伏した紫香へと目を向ける。
 じわじわと広がり地面を染める血の量は多く、ぴくりとも動かない紫香は、誰が見ても致命傷を負ったことは瞭然であった。

「ぐ……ぁ……っううぅ……、っ」

 フッと氷雨の顕現を解き、人魂へと戻しながら郁が呻き声をあげながら地に膝をつく。
 それとほぼ同時に、静彗を縛っていた黒い茨が跡形もなく溶けるように消え失せた。
 血に塗れた手を数度動かし、感覚を確かめてから静彗が郁の傍へと歩み寄る。

「…………おか、さ……っ」

「よく、頑張りましたね……」

 郁と同じように地に両膝をつき、痛みに顔を歪める郁を優しく抱きしめて、取り出した呪符を郁の胸へと押し当てる。
 優しい癒しの光が仄かに灯り、郁の痛みを和らげていった。

「……っ…………、」

 痛みが少し治まったのを手で撫でて確認し、郁が静彗を見上げる。
 その目からは大粒の涙が溢れ、今にも零れようとしていた。

「………………」

 今にも泣かんとする郁を静彗が再び優しく抱きしめ、その頭を撫でる。
 そんな光景を自身も泣きそうになりながら見つめていた人魂が、ふと倒れる紫香へと目をやった。
 恐らくもう絶命したのであろう。血溜まりの中でぴくりとも動かないその体をじっと見つめていた人魂が、何かに気づいた。
 倒れる紫香の胸元辺りに転がる四角い何か。
 ふよふよと浮いたまま近づいてみれば、それは血溜まりの中ですっかり赤黒く染め上げられてしまってはいたが、組紐がかけられた小さな桐箱だった。
 暫し逡巡したのち、組紐を口に咥えてその桐箱を持ち上げ、ふよふよと郁の傍へと飛んでいく。
 そして、それを泣きそうになっている郁へそっと差し出した。

「……っタマちゃん……、なに……っそれ……」

 血に塗れた小さな箱を掌で受け取り、郁がその桐箱を見つめる。
 組紐も血に染まっているが、小さい蜻蛉玉がついており、それは綺麗に包装されたプレゼントにも似ている気がした。
 小さくしゃくりあげながら、郁がその組紐をゆっくりと引っ張り、解いていく。
 ぴったりと合わさった桐箱の上蓋をゆっくりと引き上げて外し、中を覗いた。
 そこにあったのは、金色に輝く梅の花の髪飾り。
 よく見ると梅の花を模した蛇になっており、目の部分には不思議な力を感じられる紅い宝玉がはめこまれていた。
 
「……っふ…………ふぁ……っぅ」

 それを見下ろした郁が声にならない声をあげ、わなわなと震えながら再び目に涙を溢れさせていく。
 しばしの沈黙の後、ほろほろと涙が零れるのを待ったかのように、郁は大声でしゃくり上げて泣き出した。

「ああああぁああ!!うあああああぁーーーーー!!おとおおおさーーーっあぁああんん!!」

 血に塗れた桐箱を胸に抱きしめ、慟哭する郁の声が秋の夕暮れの下に木霊する。


――おとーさん!おとーさん!郁の誕生日、もうすぐだよ!

――ああ、そうだねぇ。郁は何か欲しいものはあるかい?

――えへへ!あのね、あのね!郁ね、おとーさんが作ってるかざり細工のね、髪飾りがほしいの!

――そんなものでいいのかい?もっと良い物をねだっていいんだよ?

――おとーさんのがいいんだもん!ぜったいぜったい大事にするよ!可愛いきんいろのね、髪飾りが良いの!

――そっかぁ。じゃあ、お父さん頑張って郁の為に金色の可愛い髪飾りを作ってあげるよ。

――ホント?やったあああぁ!!

――その代わり、お父さんとお約束だよ?

――……お約束?

――そう、お約束。その髪飾りが似合う、とても可愛らしくて……とても強い女の人になること。約束できる?

――……うん!郁、約束する!初代様みたいに、強い強い女の人になる!それでね、おとーさんもおかーさんもね、みんなね、護ってあげるの!

――ふふふ、楽しみに待ってるよ?ほら、指きりだ。

――えへへー、ゆーびきりげんまん♪うっそついたらはりせんぼんのーますっ。

――ゆびきった!
――指きった

 あの日の約束や今日の凶事、胸の痛みや咽ぶ血の香り、それら全て何もかもを攫ってしまいそうな秋の風が吹き、郁の頬をかすめて去っていく。
 それはまるで優しいあの手のようで、父の形見を抱きしめながら、郁はいつまでも何時までも泣き続けた。

                           fin.
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しがないナマモノor魚介類
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